日本のプレゼンテーションを見ていると複数人で登場しますね。ドラマやCMをよく見てみてください。

一人が話して(または原稿を棒読みして)、別の人がパソコンの操作をする。

ひどい時にはスクリーンをポインターで指す役割の人がいたりもします。

なんなら、数名がボーっと突っ立っていることすらあります。

こんなのは日本だけしか見ることができません。

「プレゼンはパワポありき」という神話があるからこうなります。

子どものときからプレゼンテーションの練習

プレゼンテーションの本場、欧米では、人前で話すのなら全部一人で行います。

子供の頃からプレゼンテーションが課題で出まして、家では自分の部屋で何度も練習します。

それが宿題の一つです。

小学校から出されるプレゼンテーションの課題は必ず定期的にやってきて、その度に家で何度も練習をします。

話す内容を全部頭に入れて、原稿を当日読み上げることは絶対にありません。

だからクリッカーと呼ばれる、パソコンのリモコンを使います。

当然ではありますが、私はプレゼンテーションの最中で他の人にページを変えさせたことがありません。

練習の段階で、セリフとページを変える

タイミングを全て頭の中に入れています。

海外の人から見たら、プレゼンテーションの時に何人も出てきて、原稿を読み上げて、別の人がページを変えているのを見たら稚拙な印象しか覚えません。

一切その原稿に反映されていないから人を魅了する言葉がないのです。

死んでしまっています。

Death by PowerPoint

実際、英語ではこれをDeath byPowerPointと呼びます。

 

欧米でも一時流行ったんですね。

でももうだいぶ前にこの不要さにみんな気づきました。

先日、ある教育関係の方とプレゼンテーションに関してお話をする機会がありました。

そしてその点をお伝えしましたら、時間の都合でみんなに何らかの役割を与えないといけないからだと説明してくれました。

分からないでもない。

でもそもそもプレゼンテーションの頻度が少ないことが原因です。パワポの操作担当者なんて世界では求められていないんです。

求められているのは聴衆を説得する言葉なんですね。

そして、それは大勢で話す時に限りません。

一対一であっても人前で話すのは全てプレゼンテーションなのです。

この考えがないから日本人はいつまで経っても人前では話せないし、国際会議でも委縮します。

国際会議で話せないのは単に英語ができないからではありません。母国語でもできないからです。

日本語でできないのに英語でできるわけがない。

国際化は英語を学べばできると考えている人が多すぎます。

そこじゃないんですね。

 

思考の問題なんです。

今年改訂された学習指導要領にも「思考・判断・表現」が強調されています。

この3点は完全に要領を得ています。

そしてこれらを一気に学ぶことができるのが、CSAの主張するプレゼンテーションなのです。

せっかくの国の指針が、パワポプレゼンのせいで宝の持ち腐れに成り下がっています。

「え!アンディもパワポ使っているじゃないか!」

そう思われますよね。

はい。

でも私はプレゼンテーションの時には文字は書かないのです。

授業と講演の時には文字を少し入れますが、その画面が出てくる前に話せるように覚えています。

聞いた話では、アマゾンの会議でも文字が書かれたパワポは禁止だそうです。

いえ、アマゾンだけではありません。

日本人が知らないからアマゾンが目立つだけであって、欧米ではそんな会議がほとんどです。

本当のプレゼンテーションを日本の教育者が学ぶ必要があります。

本のプレゼントは来年1月3日まで